★ イブなんて怖くない!? ★
クリエイター天海月斗(wtnc2007)
管理番号312-1470 オファー日2007-12-18(火) 22:19
オファーPC クレイ・ブランハム(ccae1999) ムービースター 男 32歳 不死身の錬金術師
ゲストPC1 セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
ゲストPC2 リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ゲストPC3 ティモネ(chzv2725) ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
ゲストPC4 ニーチェ(chtd1263) ムービースター 女 22歳 うさ耳獣人
ゲストPC5 ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
<ノベル>

 190を越す長身に、肩まである赤色の髪をオールバックでまとめ、冷ややかな視線で周りを見ながら、クレイ・ブランハムは行き付けのレストランに入った。
「いらっしゃいませ」
 ウェイトレスの出迎えを無視し、クレイはいつも自分が座っている席に腰を下ろし、サングラスを取り、メニューを見ずに呼び鈴を鳴らす。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「いつもの」
「お客様、申し訳ありません。そう言われても分かりませんので……」
「だから、いつもの……」
 クレイが振り向き見たのは、いつも自分の相手をするウェイターではなく『研修中』の名札を付けたウェイトレスだった。
「ヒゲのウェイターはどうした?」
「石田さんの事ですか? 今日はお休みですが、ご注文は?」
「決まったら呼ぶ!」
 クレイはサングラスを掛け直し、ウェイトレスから目を逸らし、手で追い払う。
「そうですか。では……」
「ちょっと待ってくれ」
 少し寂しげにウェイトレスが去ろうとすると、ボサボサの髪に、ボロボロの服を着た青年がウェイトレスを呼び止めてクレイの正面に座る。
「こいつは、いつもクラブハウスサンドに、エスプレッソだから、それを頼む。俺はアメリカンとナポリタン」
「かしこまりました」
 注文を聞くと、ウェイトレスは青年に水を一杯、差し出して厨房に行く。青年は水を飲みながら、不機嫌そうにしているクレイと向き合う。
「あんた、相変わらずだね」
「余計なお世話だ! 貴様、何しに来た?」
「俺だって飯ぐらい食べるさ。そしたら、あんたが姉ちゃん相手に、あんな態度を取っていたから、お節介を焼きたくなってね」
「いらん世話だ! セバスチャン・スワンボート!」
 クレイは青年のフルネームを呼び、頬杖を付いて景色を見る。
「オイオイ、フルネームで呼ぶなよ。俺の事はセバンって呼べ」
「知るか!」
「お待たせしました」
 2人が話していると、ウェイトレスが、クラブハウスサンドとエスプレッソを持って、クレイの前に置く。
「ごゆっくり。あ、お客様、肩にゴミが……」
 ウェイトレスはクレイの肩にある糸くずを取ろうとして、肩に触れる。
「あ――!」
 これにクレイは大声を上げて、ウェイトレスの手を思い切り弾き飛ばす。
「お客様?」
 ウェイトレスは手を擦りながら、呆気に取られた顔でクレイを見ていた。
「大丈夫だから、気にしないでいいから」
 セバンは場を取り繕い、ウェイトレスを帰す。
「お騒がせして、スイマセンね。気にしないで下さい」
 セバンは周りに頭をペコペコと下げ、その場の空気を元に戻そうとし、セバンに言われた周りの客達は、クレイを見るのを止める。
「何やってんだよ……」
 クレイに、セバンは呆れたように言い、クレイは顔を赤らめながら、先程の事を忘れるように、目の前のクラブハウスサンドにかぶりつく。



 食事を終え、セバンはアメリカンを飲んでリラックスし、クレイは未だに、俯きながら顔を赤らめ、恥ずかしそうにしていた。
「あんたさ、そうなった原因、分かってんの?」
 セバンに言われ、クレイは黙って頷く。
「俺は人の事をとやかく言うのは嫌いだけどさ、あんたの女性恐怖症は異常だぜ。そんなんじゃ日常生活もままならないだろ?」
「だから出来る限り、女性が居る所は避けてだな……」
 クレイの声に先程までの覇気は無く、ボソボソと申し訳なさそうに喋る。
「世の中の半分は女だぜ、今のままじゃ、外を出歩くのも厳しい状況だぜ」
「そう考えると、恐ろしいな……」
 セバンの言葉で、クレイは肩をすぼめ、不安そうに辺りを見た。
「そう思うだろ。今のまんまじゃ絶対ダメだって」
「しかし……」
「話は全て聞きました!」
 クレイが困り果てていると、隣の席に座っていた少女が、突然話に割り込んだ。
「貴様! リゲイル・ジブリール!」
「お久し振りです。クレイさん」
 クレイはリゲイルに、露骨に嫌な顔を浮かべたが、リゲイルは気にせず、セバンの隣に座って話し始める。
「わたしもクレイさんの女性恐怖症は、治さなきゃダメだって思っていました。同じ事を思ってくれる人も居ますし、わたしも協力します!」
 リゲイルは目を輝かせながら、自分の気持ちをクレイに伝えた。
「誰もやるとは……」
「嬉しいね、あんたみたいなお嬢さんが居てくれたら心強いよ。俺はセバンだ、よろしく」
 クレイの意見を聞かず、セバンは笑顔を浮かべ、リゲイルに手を差し出す。
「私はリゲイル・ジブリールです! セバンさん! 2人でがんばりましょう!」
 リゲイルは元気一杯に返事をし、セバンと握手をした。
「オウ。それでリゲイル、これからどうするよ?」
「わたしの知り合いに、誰にでも分けへだてなく愛情を与えてくれる人が居るんです。その人なら、クレイさんのかたくなな心もほぐしてくれます!」
「まさか、その女とは……」
 リゲイルの提案に、クレイは青ざめる。
「分かります? ニーチェさんなら、女性が怖い存在では無い事を証明してくれるのに適任ですよ、行きましょう!」
「イヤだ! あの女だけはイヤだ!」
 ニーチェの名前を聞くと、クレイは椅子を倒し、腰を抜かしたまま、後ずさりして逃げようとする。
「おっと! そうはいかねーぜ」
 セバンはクレイの手を掴んで、強引に立たせ、そのまま歩き出す。
「今のあんたなら、俺でも制する事は出来るさ」
「この街はトラブルだらけですからね、取り返しの付かない事になる前に、問題は解決しましょう」
「イヤだ! 頼む! 助けてくれ!」
 クレイの悲痛な叫びを聞かず、セバンはクレイを強引に歩かせ、リゲイルは2人の前を歩き誘導した。



 セバンとリゲイルは、ニーチェが働いているキャバクラに行こうとするが、クレイが粘って、思うように進んでいなかった。
「全く……あんまりダダをこねないでくれよ」
「そうですよ。行動しないと、何にも変わりませんよ」
「イヤだ! 絶対にイヤだ!」
 セバンとリゲイルの説得を聞かず、クレイは逃げようとしていた。
「あの女だけは勘弁してくれ!」
 クレイは道行く人の冷ややかな視線も気にせずわめく。
「頼む! この手を離してくれ!」
「騒がしいですね……」
 クレイの隣に、黒のチャイナ服に身を包んだ女性が気だるそうに立っていた。
「今日は日曜日です。休日に騒いで、気を乱すのはどうかと思いますよ」
「分かっている……」
 女性に対し、クレイは目を逸らし、顔を見ないで答える。
「それなら、私の目を見て、ちゃんと……」
「私がそれを出来ないのは知っているだろ! ティモネ!」
 痺れを切らしたクレイは、ティモネに怒鳴り散らす。怒鳴られたティモネは驚いて、手で顔を覆い屈む。
「何てひどい人! 正論を言う私に怒鳴り散らすなんて! ウッウッ……」
 ティモネはわざとらしく、泣き真似をして、クレイをからかう。クレイはそれを呆れた表情で見下ろしていた。
「今時、小学生も引っかからない……」
「何をやっているんですか!」
 クレイが止めさせようと話していると、リゲイルの大きな声が響き、自分の方にクレイを向けて話す。
「女性を泣かせるなんて最低ですよ!」
「そうだ! そんな事でよく紳士を名乗れるな、あんた!」
 リゲイルと一緒になってセバンも、クレイを責める。
「待て! 彼女の嘘泣きはいつもの事で……」
「どう見ても、普通に泣いてるだろ!」
「そんな事言って、逃げようなんて、本当に最低ですよ!」
 セバンもリゲイルも、ティモネの嘘泣きに騙され、信じきっていた。その間に人が集まり、ヒソヒソとクレイを責める声も上がって来る。
「分かった! 私が悪かった! だから、一旦、話し合おう!」
「そうですね……」
 クレイが観念したのを聞くと、ティモネは低いテンションで応じ、立ち上がって、歩き出す3人の後ろをゆっくりと付いて行く。
「ここは騒がしいから、銀幕市自然公園で話しましょう」
 リゲイルの提案で、一行は自然公園に向けて歩き出した。



 公園に着き、人目から解放されると、クレイはこれまでの疲れがドッと出て、ベンチに大きく足を広げて座り、生気の無い表情で空を見ていた。
「そうですか。セバンさんに、リゲイルさんですね。私はここで小さな薬局を経営しているティモネと申します。よろしくお願いします」
「ハイ!」
「こちらこそ」
 自己紹介をするティモネに、リゲイルは元気に答え、セバンは落ち着いた返事をする。
「私も彼の女性恐怖症は、治さなければいけないと、思っていましたので、協力させてもらっても良いですか?」
「構いませんぜ」
「とても心強いです! みんなでがんばりましょう!」
 ティモネの申し出を2人は受け入れ、リゲイルはティモネとセバンの手を取り、跳ね上がって喜んだ。
「それで、どうするつもりだったんですか?」
「ニーチェさんのキャバクラに行くつもりでした」
「ニーチェさん?」
 ニーチェの名前を聞いた途端、これまで笑みを絶やさなかったティモネの表情が強張る。
「大丈夫ですかい? 凄い顔してますけど」
「ハイ? ああ、平気です! まぁ、多少の荒療治は仕方ないですからね! は、ハハハハ……」
 ティモネは、セバンに動揺を悟られない様、渇いた笑い声を上げて、ごまかそうとしていた。
「そうですか? じゃあ行きましょうか」
「その前に良いですか?」
 セバンは行こうとしたが、ティモネはベンチに座っているクレイの前に立ち、愛用の大鎌を取り出す。
「ハァ!」
 威勢が良い声と共に、鎌は振り下ろされ、刃先が地面に刺さると、ティモネは鎌を戻した。
「ティモネさん?」
「何をしたんですかい?」
 リゲイルもセバンも、ティモネが何をしたか分からず困惑して。やられたクレイも何がなんだか分からず、ティモネを呆然と見ていた。
「少し処置をしました」
 ティモネが言うと同時に、クレイのサングラスは真っ二つに割れ、落ちて行く。
「人と話すのに、色眼鏡を掛けるのは、良くないと思います。それと……」
 サングラスが地面に落ちると同時に、クレイが腰にさしているレイピアがピキピキと音を出し始める。
「何だ?」
 クレイは鞘からレイピアを取り出すと、レイピアはポロポロと崩れ落ちて行き、瞬く間にそれは鉄くずに変わって、地面に落ちた。
「私はとにかく、この2人は戦闘能力が乏しいですからね。用心の為、破壊させてもらいました」
「馬鹿にするな。いくら何でも、私よりずっと弱い彼等に剣を振るうか」
 クレイは、ゴミになったレイピアとサングラスを拾いながら、ティモネに言う。
「人間追い詰められたら、何をするか分かりませんからね」
 ティモネは声のトーンを下げ、緊迫感を持った口調でクレイに言った。それは後ろの2人にも伝わり、2人とも自然に背筋が伸びた。
「分かったよ……キャバクラにでも何でも行くぞ!」
 クレイはゴミ箱に持っていたそれ等を捨て、自棄気味に立ち上がって向かおうとする。
「サングラス無しでも、女性の私と普通に話せますね。良い傾向です」
 ティモネは、クレイをからかいながら、元の明るい口調で話した。
「では、行きましょう」
「あ……ハイ」
 リゲイルは少し呆けていたが、ティモネに言われて、キャバクラへ向かい、皆も付いて行った。



 一行は、ニーチェがバイトをしているキャバクラ『ヒールコーリング』に着いた。
「こんな日の明るい内から、こう言う店がやっているとは……」
「昼間から営業してますから、大丈夫です」
「覚悟を決めようぜ!」
 クレイの言い分は、リゲイルの一言で却下され、セバンに首を掴まれ、クレイは店へと連れ込まれる。
「いらっしゃいませ〜 あ! リゲイル久し振り!」
 間の抜けた声で一行は迎えられた。声の主はニーチェで、リゲイルを見ると、ニーチェは笑顔でリゲイルに抱き着く。
「本当にお久し振りです」
「ホントにそうだ! 何で来てくれなかったんだ? さびしかったぞ〜!」
「最近、忙しくて、でも今日は大丈夫ですから、お友達になった人達も連れて来ましたし」
 リゲイルは一旦、ニーチェを離して、後ろに居た一同を紹介する。
「右から、ティモネさん、セバンさん、クレイさんです」
「オ――!」
 ニーチェは満面の笑みで、ティモネに抱き着き、頬に力一杯キスをした。
「な……え?」
 呆然としているティモネから離れ、今度はセバンに抱き着き、同じ事をして離れる。
「ハハハ、奔放なお嬢さんだな」
「女性同士だから、ノーカン、ノーカン……」
 頬を擦りながら、にやけるセバンとは対照的に、ティモネは自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「クレイは久し振りだな! サービスするぞ!」
「よせ! やめろ――!」
 クレイの悲痛な叫びも聞かず、ニーチェはクレイに抱き着き、頬擦りをする。
「頼むから……おねがいだから……」
 クレイは体中にじんましんが出て顔は引きつり、呼吸も不規則になって、危険な状態になっていた。
「本当に久し振りだからな。サービス! サービス!」
 ニーチェは満面の笑みで、クレイの唇に自分の唇を近付け、触れるだけのキスをクレイと交わす。
「あ……」
 クレイは小さく声を漏らした後、白目を向いて、後ろに倒れ意識を失う。
「ん? どうした? クレイ?」
 ニーチェはクレイから唇を離し、頬をペチペチと叩き、様子を見る。
「完全にあっちの世界に行っちゃてるな」
 セバンはニーチェをクレイから離し、しゃがんでクレイを見た。
「しっかし、こら重症だな……」
「そうですね、ここまでとは……」
 セバンのつぶやきに、ティモネも共感し、2人は呆れた顔でクレイを見る。
「見た所、ただ苦手と言う訳ではなく、女性を敵と見ていると、わたしは思いますが……」
「それだ!」
 リゲイルの言葉でセバンは閃き、手袋を取ってクレイの額に指を置き、目を閉じて意識を集中し始めた。
「リゲイルの一言でピンと来たぜ、こいつの女性恐怖症は恐らく、過去に何かあって、こうなったと思うんだよ、過去を見てそれを探る」
 セバンは目を強く閉じ、意識を集中させ、自分の脳内に映った、クレイの過去を見る。



 真っ白な西洋風の屋敷。手入れが行き届いた芝生の上を、ドレスを着た2人の少女が、楽しそうに走っていた。
「お姉様、まって〜」
「ほら、クレイもはやく来なさい」
 姉妹は楽しげに駆け回り、弟のクレイを呼び出す。
「でも……」
「いいから、はやく来なさい!」
 物陰に隠れ、モジモジとしていたクレイを少女は無理やり、引きずり出す。
「ほら、言ったとおりでしょ!」
「ほんとだ! クレイかわいい!」
 『かわいい』と言われているクレイの姿は、姉の手で丁寧にコーディネートされて、髪には大きなリボンを付け、フリルが一杯付いたドレスに身を包んでいた。クレイは恥ずかしさで顔を真っ赤にさせ、今にも泣き出しそうな表情で下を見ていた。
「ぼく、こんなのいやだよ、おねえちゃん」
「なにを言ってんの! おとこのこで、にあうのはスゴいことなのよ!」
「そうだよ! もっとほこらしげにしなさい!」
 嫌がるクレイを、姉2人は叱る。
「わかったら、ごめんなさいしなさい!」
「うう、ごめんなさい……って何やってんの?」
 姉2人に言われ、クレイは半べその状態で2人に謝るが、スカートをめくり、何かを確認している姉にクレイは驚く。
「『何やってんの?』じゃない! クレイ『かんぺきしゅぎ』じゃない! 見て!」
 姉は、妹に向けて、クレイのスカートの中身を見せた。そこには男性用のトランクスがあり、それを見た妹も姉と同じようにクレイを睨む。
「ダメ、クレイ! パンツも、わたしたちと同じじゃないとかわいくない!」
「いやだよ、パンツもなんて……」
「ワガママ言わない! はきかえさせてあげるから、ジッとして!」
 妹は自分と同じパンツを取り出し、クレイとの距離を詰め寄る。
「もう……いやだよ!」
 クレイは涙をこらえる事が出来ずに泣き出し、姉妹から逃げ出す。
「待ちなさい!」
 姉妹は2人でパンツを持って、クレイを追いかけた。自分の後を追いかける姉妹が、クレイにはとても恐ろしい物に見えていた。



「クレイ――!」
 自室で本を読んでいると、クレイは窓の外から自分を呼ぶ姉妹の声に気付いて、窓から見ると、姉妹は手を大きく振ってクレイを呼んでいた。
「お話あるから、ちょっと来て〜」
「こないと、おしりペンするからね〜」
 姉妹の口調は穏やかだが、クレイは2人の声を聞くと、言いようの無い恐怖を感じ、慌てて、自室から出て、駆け足で階段を下りて行き、ドアを開けて姉妹の元に向かう。
「おねえちゃんたち、何? うわぁ!」
 クレイが姉妹の前に立った瞬間、クレイは落とし穴に落ち、勢い良くしりもちを付き、頭に土ぼこりを大量に被った。
「ハハハ! おもしろ〜い! おねえちゃん、すごい〜」
「言ったとおりでしょ。ゼッタイにうまく行くって!」
 妹と姉の会話、自分の状況からクレイは、自分を落とし穴に落とす為、呼ばれたと理解した。クレイがぼんやりとしていると、目の前に1本のロープが垂れる。
「ほら上がってきなさい」
「あがったら、いっしょにおフロはいろうね」
 姉妹の優しい言葉に、クレイは安心し、姉妹が持ってくれているロープに捕まって、落とし穴から出ようとする。
「おっきいおねえちゃ〜ん、ちっちゃいおねえちゃ〜ん、クレイおにいちゃ〜ん!」
 遠くから幼子の泣き声が聞こえ、姉妹が声の方を見ると、末妹が屋敷で一番、高い木の上で泣きじゃくっているのが見えた。
「たいへん!」
「わ! おねえちゃんたち、きゅうに……ヘブゥ!」
 姉妹はクレイを強引に引き上げ、すぐ木に向かう。
「クレイもはやくしなさい!」
「まってよ、むね、ぶつけていたい……」
 クレイは胸を擦りながら、姉妹の後を追い、妹が泣きじゃくっている木の元に向かった。
「まってて、いま、たすけ……ワアアアアアアアアア!」
 妹を助けようと、一同が木の根元に着いた瞬間、全員、姉妹が作ったのよりも、深い落とし穴に落ちる。
「ぷはぁ! おぼれちゃ……」
「あははははは! みんな、おもしろ〜い!」
 穴の中は泥水が一杯で、半分、溺れた状態になっていた。妹は先程までの嘘泣きを止め、無邪気に笑う。
「あはははははははは! おねえちゃんたち、だ〜いすき!」
「おねがいだから、たすけて……」
 泥水を飲んで、溺れかかっている自分を見て笑う末妹の姿がクレイには、とても恐ろしい物に映り、本の中で見た悪魔と重なった。



「なるほどね……」
 セバンは手をクレイからどかし、自分が見たクレイの過去を2人に話す。
「そう言う事だったんですか……」
「幼少期のトラウマが原因となると、少し厄介ね……」
「みんな、何を話してんだ?」
 リゲイルとティモネが悩んでいると、ニーチェが一同のやり取りに興味を持ち、聞こうとする。
「実はな……」
 セバンはニーチェにこれまでの事を、1から丁寧に説明する。
「女性恐怖症? そんなのってあるのか?」
「ああ。れっきとした病気だ」
「それって、ツラクないか?」
「まぁ、そうだな」
「大変だ!」
 セバンの話を聞き、ニーチェは真剣な表情で、リゲイルとティモネの所に行き、2人の手を取る。
「あたしも手伝う!」
「良いんですか?」
「あたしもできるだけの事する! いいでしょ?」
「まぁ、手伝ってくれるのなら、助かりますけど……」
「よし! そうと決まったら、クレイ!」
 リゲイルとティモネに言うと、ニーチェは気絶しているクレイの体を揺さぶり起こす。
「ん? 何だ?」
 クレイは寝ぼけ眼でニーチェを見た。クレイの意識が戻ったのを見ると、ニーチェは胸倉を掴んで話し出す。
「あたしといっしょに、楽しい事しよ!」
「はぁ?」
「楽しい事イッパイあるから、行こう!」
 ニーチェはクレイの返事も聞かず、クレイの後ろ襟を掴んで、店を飛び出す。
「助けてくれ〜!」
 ここでクレイは、ハッキリと意識を取り戻し、一同に助けを求めたが、その時には、2人の姿は見えなくなっていて、残された一同は呆然としていた。
「後を追わないと……」
「そ、そうね! 行きましょう!」
「お、オウ!」
 リゲイルに言われ、ティモネとセバンは、リゲイルの後に続き、2人の後を追う。



 一行はクレイを連れて飛び出した、ニーチェを探したが、どこにも見当たらず、途方に暮れていた。気付けば日も傾きかけ、夜になろうとしていた。
「全くどこに行ったんだか……」
「別にいいじゃん!」
 セバンがぼやいていると、甲高い声が聞こえ、一同は辺りを見回す。
「あそこよ」
 ティモネが気の無い声で指差した先には、キャバクラの玄関でクレイを連れ、店員ともめているニーチェだった。
「ですから、お客様、お金が無くては……」
「あとで払う! だから入れて!」
「何をやっているんですか?」
 店員と激しくもめるニーチェに、リゲイルが呆れた口調で話しかける。
「リゲイル! ちょうど、よかった。お金かして!」
「その前に何をしようとしているのか、教えて下さい」
 興奮するニーチェに対して、リゲイルは冷静に、ニーチェが何をしようとしているのか聞き出す。
「みんなでおもてなしして、クレイの病気治すの!」
「頼むから止めさせてくれ! 私はそんな事、望んでいない!」
 ニーチェは笑顔でリゲイルに答えるが、クレイは必死に止めさせるように、リゲイルに頼んだ。
「アイディアとしては悪くないと思いますけど、わたしも今日は持ち合わせが……」
「オイ!」
 自分の話を聞かないリゲイルに、クレイは乱暴な口調で突っ込む。
「皆に聞いてみますね、すいません」
 リゲイルは2人を手招きし、事情を説明して所持金を聞く。
「それだけの豪遊が出来る金、俺は持っていないぜ」
「今日は散歩だけの予定でしたので、私も持ち合わせはありませんね」
 セバン、ティモネも、ニーチェが望む様な額のお金を持ってなく、ニーチェは沈んだ顔して、目に涙も溜まり出す。
「これじゃ、クレイの病気治せないよ!」
「どうされました? お嬢さん?」
 ニーチェが半べそになっていると、渋い声と共に1枚のハンカチが差し出され、優しくニーチェの涙を拭う。
「ありがと……」
 ニーチェが声の方を見ると、そこに居たのは黒のコートに、同色のスーツで決めた初老の紳士だった。
「いえいえ、礼には及びませんよ。か弱い女性の涙を拭うのは男の勤めですからね」
 紳士はハンカチを胸ポケットに入れると、ニーチェの足元でへたり込んでいるクレイに顔を向け、話し始める。
「女性を泣かせるとは、君の病気を考慮しても、あまり感心せんなクレイ君」
「私の言い分も聞いて下さい! ブラックウッド氏!」
「知り合いですかい?」
 ブラックウッドがクレイの知り合いだと知り、セバンはブラックに話しかける。
「ああ、彼とは顔なじみだ。君達は?」
「俺はセバンです。それで……」
 セバンは代表して、ブラックウッドに他の皆の紹介と、これまでの事をブラックに話した。
「なるほど。彼の病気を治す為、奮闘していたと言う訳か、中々、出来た事ではないな。私も協力しよう」
「本当ですか! 一緒に頑張りましょう!」
 協力者が増えた事にリゲイルは喜び、はしゃぎながらブラックウッドに強めの握手をする。
「ハハハ、元気なお嬢さんだ。では参ろうか」
「でも、お金が……」
 ブラックウッドが入ろうとすると、ティモネがお金の心配をする。
「私に取っては、朝のコーヒーブレイクをするのと同じだ」
 ブラックウッドが財布から取り出したのは、多数のカードで、見ただけで羽振りの良さが分かる物だった。
「では参ろう」
「待って下さい! 私は行くとは……」
「往生際が悪いぜ!」
 クレイはブラックウッドに抗議するが、セバンが首に腕を回し強引に店へ連れ込んだ。
「止めてくれ〜!」
「いらっしゃいませ!」
 クレイの叫びも聞かず、店員達は客を快く出迎え、一同は高級キャバクラに入店した。



 シックな音楽に・座り心地が良いソファー・大理石のテーブル・高級そうな絵画と、店の雰囲気は最高の物で、リゲイルは圧倒されていた。
「わたし、こう言う所、初めてですけど、ニーチェさん、よく来られるんですか?」
「王様だ〜れだ? イェーイ! あたし〜!」
 リゲイルは話題に困り、ニーチェに話しかけるが、彼女はキャバ嬢と王様ゲームで盛り上がっていた。
「ダメだ……」
「まぁせっかくだし、楽しみましょう。すいません、フルーツ盛り合わせを追加で」
 リゲイルはこの場に馴染めなかったが、ティモネは楽しんでいて、高級なシャンパンを飲みながら、ほろ酔い気味で追加注文を頼んだ。
「あの時は大変だったよ。しかし、今では良い思い出だ。今夜は気分が良い、ゴールドをもう一本頂こう」
「キャー! オジさま、羽振り良い〜!」
 ブラックウッドは、これまで自分が体験した銀幕市での話を面白おかしく語って、高い酒を何度も注文し、周りにはべらしたキャバ嬢を喜ばせている。
「皆、楽しんでるね。なのに、当の本人は……」
 セバンはソファーの上で膝を抱え、怯えて震えているクレイを呆れ顔で見ていた。
「クレイ君は楽しんでいないようだな……すまないが、私は1人で酒を楽しみたい。少しの間、彼の相手をしてくれないか?」
「ハーイ!」
 見かねたブラックウッドは、自分の所に居たキャバ嬢を全員、クレイの元に送る。
「な、何だ!」
「初めまして、私は……」
 キャバ嬢達はクレイの周りに座り、次々と自己紹介をしていく。
「お兄さん、背高いですね!」
「普段、何していますか?」
「お酒、追加しますか?」
 キャバ嬢達は、クレイに構わず、次々と自分達の話を進めて行った。
「あ、その……」
 クレイは、キャバ嬢達に圧倒されて何も言えなかった。
「すまないな。退屈な時間を与えて、侘びとは言わないが、気持ちを受け取って欲しい、ボーイ君、全員にゴールドを一本ずつ」
 ブラックウッドは全く喋ろうとしないクレイを見て、キャバ嬢達の機嫌を取る為、酒を追加注文する。
「おじ様、最高! あたしサービスしちゃう!」
 これに1人のキャバ嬢のテンションが上がり、クレイに抱き着き、頬に吸い付く様なキスをした。
「あ、あああ……あああああああああああああ!」
 その瞬間、クレイの絶叫が店中に響き、クレイは前のめりに倒れて、白目を向き口から泡を吹いて意識を失った。
「あ……えっと、どうしよう?」
 予想外の事態に、キスをしたキャバ嬢を始め、そこに居た全員が、この状況に呆然としていた。
「ボーイ君、そこの男に冷えたおしぼり、それと氷水を持って来てくれ」
 ブラックウッドは呆れ顔で追加注文をし、クレイの姿を見ながら、渋い表情で酒を飲む。



 一同は銀幕自然公園のベンチに、力無く座るクレイを見ていた。あれから色々なタイプのキャバクラに行ったが、どこに行ってもクレイの病気で場は興ざめし、全員が苛立ちを感じていた。
「正直な話、あんた、自分で治そうって気ゼロだろ?」
「それじゃダメですよ! このままだと、幸せ逃げちゃいますよ!」
 セバンは半ば呆れながら、リゲイルは本気で心配しながらクレイに話す。
「貴方の為にこれだけの人間が協力しているのよ。少しくらいやる気を出しても良いと私は思うわ」
「そうだ! そうだ!」
 ティモネとニーチェは、クレイの非協力的な態度に怒る。
「私を含め、全員が君の態度を快く思っていない訳だが、それに付いて反論は?」
「やり方が……」
 クレイは言い訳しようとするが、ブラックウッドの手前、思う様に言葉が出ず、尻すぼみになってしまう。
「では話題を変えよう。君に取って女性とは何だ?」
 クレイが困っているのを見たブラックウッドは、話題を変えて、クレイから話を聞き出そうとする。
「何だと言われても……」
「言葉に詰まる所を見ると、よく分からないと受け止めて良いのかな?」
「まぁ、そうですね……」
「なら、話は早い」
 ブラックウッドはクレイの意見を聞くと、クレイの前に立ち、肩を掴んで、強引に立ち上がらせた。
「何をするんですか?」
「君が女性を怖がるのは、幼少期の記憶が強烈過ぎて、以来、女性と関わる事を体が拒絶していると皆から聞いた」
 ブラックウッドに言われ、クレイの脳裏に少年時代の苦い記憶が思い返され、沈んだ表情を見せる。
「まぁ、そうなりますね……」
「しかし、君はもう無力な子供ではない、それなのに、女性を拒絶する。私が思うに、それは未知への恐怖だと思う。知らないから否定し、拒絶するのだよ」
「それは……」
 ブラックウッドの正論に、クレイは黙り込む。
「君は男の立場でしか見ないから、女性を理解しようとしないのだよ。だから……」
 ブラックウッドは肩を掴んでいた手を、クレイの顎に持って行き、艶かしい表情でジッと見る。
「何のつもりですか?」
「一層、一度女性の立場を知ってみてはいかがかな?そちらの方が女性をより深くまで知る事ができるからねぇ」
 そう言い、ブラックウッドは目を静かに閉じ、クレイの唇に自分の唇を近づけて行く。
「何を考えているんだ、止せ!」
 クレイは全力でブラックウッドを振り払おうとするが、ブラックも力強く掴んで、クレイの体を離さなかった。
「往生際が悪いぞ」
「ふざけんな……いい加減にしろ!」
 ここでクレイの怒りが爆発し、ブラックウッドの襟元を掴むと力任せに一行の所に向け、投げ飛ばす。
「皆、避けなさい! ゴォ!」
 ブラックウッドの叫びも空しく、一行に激突した。全員が倒れた後、体を擦りながら、起き上がって行く。
「すまないな、皆。お嬢さん、大丈夫ですか?」
 ブラックウッドは謝りながら、最後まで起き上がろうとしないニーチェを心配し、声をかける。
「胸、ぶつけて痛いの……」
 ニーチェは泣き出しそうな声で、ブラックウッドに言う。悲しそうな表情で胸を擦るニーチェを見た一同は、クレイを睨み付けた。
「な? 何だ?」
「ニーチェが怪我した原因は、あんたにもあるからな。ちゃんと謝ってもらうぜ」
 セバンは怒りを露わにした表情で、クレイに言う。
「馬鹿な事を言うな! ブラックウッドさんが余計な事をしなければ……ウッ!」
 クレイは反論しようとするが、リゲイルとティモネの無言の抗議に気付き、口をつぐんだ。
「今の内に謝っておけ、それなら、後は当人同士に任せるから」
「だから、何で私が……」
「胸、ぶつけていたいよ……」
 セバンに言い返そうとした時、ニーチェの痛々しい姿を見て、クレイの中で1つの思い出が過ぎる。姉2人のイタズラにかかり、胸を強くぶつけた時の事を、その時、何も言ってもらえず、寂しい思いをした記憶がクレイの中で強烈によぎり、今のニーチェと被った。
「わ、分かった。私にも非はある。謝ろう」
「だそうだ。ニーチェ」
 セバンはニーチェを立たせ、ニーチェとクレイを向き合わせる。
「言い訳はしない、私にも非はあった。すまなかった」
 クレイは堂々とした態度で、ニーチェに深々と頭を下げた。
「それは良いけど、この服、オキニなのにボタン壊れちゃったよ……」
「ボタン?」
「うん。この胸止めてる所のボタンが、わぁ!」
 クレイが顔を上げたと同時に、胸元のボタンは完全に壊れ、ニーチェの柔らかそうな2つの膨らみが露わになる。
「キャァァァ! 男の人達、見ちゃダメです!」
「早く隠して!」
 リゲイルは大声を上げ、両手で顔を覆い、ティモネはすぐに自分の上着をニーチェに掛け、胸を隠した。セバンとブラックウッドは胸が出た瞬間に、ニーチェに背を向けた。
「貴方……もう!」
 ティモネは白目を向いて、まっすぐとニーチェを見ているクレイに軽く怒る。
「お詫びの一言ぐらいあっても良いと……え?」
 ティモネが話していると、クレイは鼻血を出しながら前に倒れ込んだ。地面に顔が激突すると、鼻血は勢いを増し、血だまりが出来上がった。
「これは救急車を呼ぶ必要があるな……」
 事態を見たブラックウッドは携帯を取り出し、呆然としている一同に代わって救急車を呼んだ。



 救急車が連れていく頃には、クレイは大量の鼻血を出した事で生気を無くしていた。クレイが倒れていた所には、鼻血の池が出来上がっていた。
「何て言うか、悪い事したかな……」
 セバンは鼻血の池を見ながら、申し訳なさそうにつぶやく。
「今回の事で、トラウマ増やしましたからね」
「悪化したかもしれませんわね」
 リゲイルとティモネも、今回の結果を悲しんでいた。
「もしかして、あたしたち、クレイにヒドい事しただけなのかな?」
「そんな事はない」
 ニーチェが泣きそうな声で聞くのに対して、ブラックウッドは落ち着き払った態度で話し始める。
「結果は問題ではない。行動を起こさない事が恥なのだ。君達は立派に行動した。それを誇りに思ってほしい」
「けど……」
 ブラックウッドの見解にも、リゲイルはどこか賛成出来なかった。
「わたし達は、クレイさんの傷を広げてしまいました。それは許される事とは……」
「触れてほしくない傷など、誰だって持っているさ」
 リゲイルの意見にも、ブラックウッドは紳士な態度を崩さず話を続ける。
「しかし、その傷も人生を豊かにする為のスパイスだと私は思う。それが無い人生など薄っぺらでつまらない物さ」
「さすがに私達より長く生きていた人の意見は、重みがありますね」
「おっちゃん、セクシーだぞ!」
 ティモネとニーチェは、ブラックウッドの意見に賛同する。
「ハハハ、礼を言っておこう。ところで、腹は減っていないか?」
 ブラックウッドに言われ、全員が昼間から何も食べていない事に気付く。
「今宵は良い日だ。皆と会えた記念に、私が食事を奢りたい。何が良いかな?」
「ホントか? おっちゃん! なら、あたし、シーザーサラダの特盛り!」
 ブラックウッドの申し出に、ニーチェはいち早く、自分の希望を言う。
「俺はとにかく肉を食いてぇな」
「私は和食でさっぱりとしたい気分です」
 セバンとティモネも次々と自分の意見をブラックウッドに言う。
「わたしは出来れば、アジア系を食べたいんですが、皆さんに合わせますんで気にしないで……」
「よし、分かった」
 全員の意見を聞き、ブラックウッドは結論を出した。
「全てを食べられるバイキングのあるホテルを知っている。そこで語り合いながら、食事を楽しもう」
「ハイ!」
 ブラックウッドはホテルに向かって歩き出し、それに全員が笑顔で付いて行った。その表情はとても楽しそうで、本来、何の為に集まったのかを完全に忘れていた。こうして、また1つ新たな絆が生まれた。

クリエイターコメント私に期待をしてくれて、ありがとうございます。持てる力を全力で振り絞り、物の方を一本、仕上げました。

今年も、皆様が楽しめる様な作品をドンドン作って行きたいと思います。では皆様、今年もよろしくお願いします。
公開日時2008-01-07(月) 18:50
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